モスクと祈祷用絨毯の役割
イスラム教徒は一日5回の礼拝(サラート)の際、携帯用の祈祷用絨毯(サッジャーダ)を床に敷いて清潔な礼拝空間を確保する。絨毯の上端にはモスクの壁龕を模したアーチ型文様(ミフラーブ)が織り込まれており、敷く際にはそれをメッカの方角に向ける。このアーチは礼拝方向を示すとともに天国への門を象徴するともされる。祈祷用絨毯は礼拝後に丁寧に巻き取られ、大切に扱われる。
イスラム美術では偶像崇拝の禁止により人や動物の図像表現が避けられ、その代わりに幾何学模様や植物の唐草模様(アラベスク)が発達した。アラベスク模様は蔓草や葉が絡み合う有機的な図案を左右対称に連続配置し、同じパターンを際限なく反復できる特徴をもつ。この無限に連続する文様は、可視の世界を超えて広がる神の創造の永遠性と遍在性を象徴すると考えられている。幾何学と植物が調和した複雑なパターンは礼拝空間を神秘的に彩り、信徒に神の存在を想起させる効果もある。
ペルシャ(現イラン)では古来より絨毯織りが盛んで、7世紀にイスラム教が伝わると伝統の技法に宗教的用途が加わり祈祷用絨毯が生み出された。16世紀サファヴィー朝のシャー・アッバース1世は絨毯産業を保護・振興し、ペルシャ絨毯を国際的に発展させた。当時の礼拝用絨毯にはペルシャ語の詩文や奉献者の名が織り込まれ、オスマン帝国のスルタンへの献上品となった例も残る。地域ごとに絨毯の文様には特色があり、ペルシャ絨毯は精緻な花や唐草を基調に「生命の木」など永遠の命を象徴するモチーフを好む傾向がある。一方、トルコ(オスマン帝国)の礼拝用絨毯は礼拝壁を思わせるアーチの両脇に細い柱やランプを配したデザインが発達した。