ペルシャ絨毯はシルクロードという東西交易が生んだ芸術です。古代から続くシルクロードを通じてペルシャ絨毯の技術とデザインが東西に広まり、周辺地域やヨーロッパの芸術文化にも大きな影響を与えました。
ペルシャ絨毯は古代ペルシャ(現イラン)の遊牧民の生活から生まれました。古代から東西文明を繋いだシルクロード(絹の道)は、シルク以外にも様々な品や文化が行き交う交易網で、絨毯もその一つとして盛んに取引されました。シルクロード沿いには絨毯織りの伝統が帯状に広がり、その地域は「カーペット・ベルト」とも呼ばれました。
交易路を行き交う人々により、絨毯織りの技法や文様(デザインの模様)が各地に伝播しました。初期の絨毯は下絵(デザイン画)を用いず、幾何学文様(きかがくもんよう、直線的な模様)のみが母から娘へ口伝えで受け継がれていました。15世紀頃から都市の工房で図案を使った製作が始まり、曲線を生かした精緻なデザインの絨毯が発達しました。またイスラム世界で礼拝用絨毯の需要が高まったことも技術と意匠の発展を促し、宗教的な模様だけでなく華麗な装飾性の高い絨毯も作られるようになりました。さらに16~18世紀のサファヴィー朝(ペルシャ王朝)で成熟した高度な絨毯芸術は、インドのムガル帝国やトルコのオスマン帝国の絨毯にも影響を与えました。
中世末からルネサンス期(14~16世紀)のヨーロッパでは、宗教画や肖像画にオリエント(西アジア)の絨毯が描かれており、その豪華さが珍重されていたことがわかります。19世紀半ば以降、ペルシャ絨毯が本格的に欧州へ輸出され始めました。万国博覧会(世界博覧会)で紹介されたペルシャ絨毯はヨーロッパで大流行しました。それにより欧州の好みに合わせた新たなデザインも生まれました。